尻取り日記「じ」

このHPにも貼り付けてはいますが、個人的なブログを
noteで公開しています。
noteではテキストというそうですが、呼び方を変えるのが
面倒な側なのでブログと称しています。
Xとは称しません。
Twitterと称します。
若者でもない人間が若者の流行り言葉を我が物顔で使ったり、
関東人の癖に関西弁を使いこなせていない関西弁を
使うのは聞いていて恥ずかしくなる側です。
mixiで、友達的な繋がりのmy mixiを「マイミク」と
呼称したことは一度もありません。
下火になってしまったので、さりげなくどこかで更新する
かもしれません。
そのうち。
おそらく。


下記、noteに綴った記述です。
このブログは日記のようなことが多いですが、脱線したことも同様に。
そして、面白半分で尻取りで日記を続けるような
ことも不定期で行っています。


今日の昼間綴って更新した記事です。

当ジムの会員のことでもありますし、こちらに乗せるのも
ありかなと思い、貼り付けます。
京成線に乗れば彼のいる車両に乗れることがあるかもしれませんが
誤変換です。
こちらに載せるのもありかなと思い、そんな訳でこちらに更新します。


このHPにしてから業務連絡ばかりのブログだったので、
たまにはこんなこともよいかなと思い、更新します。

公開範囲だけですので、ご容赦ください。

尻取り日記「じ」人身事故




とても久しぶりに再開します。

頭に思い浮かんだもので1つの文章を綴るといったところでしょうか。
その日記したその語尾で次回続けるというしりとり日記が僕にとっての
このマガジンのもう1つの遊び方です。


僕なんて大した能のない、実に底の浅い人間です。
でも、沢山勉強して頭のよい社会的な地位のある人間には感じることが
出来ないことをしてきたと思うのでドローということにしてください。

工夫と努力、継続力と競技への愛情は誰よりも持っている1人と思います。
工夫と継続力と信念は誰にも負けていないとすら思っています。


「じ」


前回「じ」で終わったと思います。

「じ」で始まる文言なんてあるでしょうか。
時刻表、そんな語彙が頭に浮かびました。
でも、後述にもあるので事故でもよいですが、「人身事故」で話を
進めます。
ま、「じ」で始まって「こ」で終えるのでドローですが。

そういえば時刻表、どの国もあるのでしょうか。
ここまで正確なのは日本だけということは知っています。


40年近く前、タイでバスを待っていたら全然来なくて30分程して
着たのですが、痛いほど日焼けしました。
長いこと行っていませんが、真夏のタイの厚さは凄いのです。


日本の電車が1分単位まで正確なのは知っています。
でも、ずれが生じてしまうことも頻繁ではないにしても稀ではないはず
です。度度起こるそんな時、どうするのか気になります。


その人その人の仕事の話を伺うことが好きです。
小学生時代、授業中にテレビが見れる唯一の機会、それが
「はたらくおじさん」
の放送日になります。
放送が週1回だかのタイミングだったので、その日に限って
ただのディスプレイだった教室のテレビに電源が入ります。


あらゆる仕事に着目し、その仕事の日常に焦点を当て撮影し続けて
作成した番組のタイトルが前述した「はたらくおじさん」です。


たまにYouTubeでオープニングテーマを聴いて懐かしんでいます。


そういうものを見てきたからなのでしょうか、いや多分、それも
あるでしょうが、僕個人が普通ではない側の仕事をしているから
なのだと思います。
稀有な存在側だといいたいわけではありません。
卑屈になっている訳でもありません。
ただそう記さないと僕の悪口が大好きな稀有な輩が数名いらっしゃい
ますのでご容赦ください。



勿論、僕の仕事の話も話します。
キックボクシング関連を教えることが仕事の範疇に入っていることも
勿論、ありますが、でも、インタビューなどでは語ったことがないことや
知っている裏話などを会員に話すこともあります。
勿論、本業のダイエットに役立つであろう体重の簡単な落とし方や
減量の裏話なども、勿論します。


自分ばかり教えるのではなく、という気持ちも多少はありますが、でも、
ただの好奇心です。
知らないことは知りたいのです。


当ジムの会員に車掌さんがいます。
彼が小学生の頃から知っています。
駄菓子屋で一緒にかき氷食べた仲です。
その駄菓子屋では古いかき氷機を使用していて、100円でフワフワの
かき氷がその店で食べられたのです。
今ではない削るそれです。
刃の上で大きな氷をぐるぐると回して下にある器に削って落ちるそれです。

夏祭りなどで売ってるかき氷などとは、てんで違います。
氷を小さく砕いたそれではなく、カンナで削いだかの様なかき氷です。
柔らかく舌の上でとろけるのです。
幾つか子供の彼に僕の視点の雑学を教えたことがあります。


39年前、初めて行ったタイでは逆さにした鉋(カンナ)に土台をつけて
大きな氷で削ったそれが1バーツ(当時6円)で売っていました。


でも、戦後の日本も多分、そんなだったのではないかと思います。
それを経て、その削るかき氷機が出来たのではないでしょうか。


車掌をしている会員の彼は息子の小学校の数学年上で、小学生時代から
僕を「あーしー」とあだ名で呼んでくれる1人です。
今となっては誰もいませんが、彼だけは今も僕をそう呼びます。
ジム内では誰もが「会長」や「立嶋さん」と呼びますが、彼だけは
みんなの前でも僕をそう呼びます。
そのうち中学に入学してからは会うことがなくなりました。

「あーしー!テレビ見たよー。」

泥棒捕まえてテレビに出た時にはまだ彼も小学5・6年生で、
道路の反対側から手を振って教えてくれたものです。


高校生になって、当ジムに入会しにやってきました。
でも、少しして部活と一緒に続けることが難しくなり退会します。
数年後、卒業して再入会します。


結果は残念でしたが、一度はプロでデビューしました。
その後、しばらく来なくなりました。
でも、時を経てまた通いたいと着てくれました。


京成電鉄に就職し、車掌として働いています。
なので、ちょっとした疑問を訊いたりします。
人身事故があった際は車掌と消防士が遺体の跡片付けをしなくては
ならないそうなので、その時の模様などをよく伺います。
そして、消防士の会員も在籍しています。
なので、その際の消防士側の話を伺ったりします。
轢死も消防が携わっていることを知って、大変だなと思います。
焼死も轢死も双方無残なのでドローですが、消防士は両方掛け持ちなので
大変と思います。
この場合はドローでなく、でも、ルーズでもなくウィンでしょう。
僕の競馬もウィンであって欲しいです。


成田から上野までの区間で一番人身事故が多い場所も訊いたりして、
腑に落ちます。
僕の地元だった所です。
僕が子供の頃から変わっていないその場所は、今でも人身事故が一番
多いそうです。
きっと、見通しの悪さも影響しているのではないかと思います。
そこは人は通らないし、夜は真っ暗です。
霊というか、そういう場所に呼ばれるということも多少あるのかもしれませんが、
死にたい人は確実に死ねる場所を選ぶでしょうからなので、そこに機会を
見出すのではないでしょうか。
誰もが死んでいる場所で死にたいというブームからくる8割はそうなの
でしょうが。
残念ながら世の中はブームで回っています。
何かが盛り上がれば、好きでもない癖に好きなフリをする輩が輩出し、
他の何かが流行れば同様に。
自死ですらそれを感じることがあります。
誰かを傷つけることも自分を傷つけることも、誰かを殺めることも自らを
そうしてしまうことも全てやってはいけないことです。
そこに目をつけて考えて北側の、船橋は北西部ですが違います。
きた側の1人です。


車内アナウンスの隠語も気になったりして聞き耳を立てます。
こういうアナウンスが流れたらこういうことなんだなってただ知りたくて
よく訊きます。
知って納得します。明かせませんが。


「アーシーの衝撃的な事件、何ですか?」


そんな訳で僕の記憶に残る事件の幾つかの概要と理由を説明します。
僕らの世代の子供の頃から大人になるまでが衝撃的な事件多かったと思います。
きっと、一番加速のついた時代だとも思うので。


同世代、近い世代の方なら分かると思います。
あらゆることで変化を体感出来た世代と思います。
カラーテレビに変わった頃、ダイヤルからボタン式になり、リモコン式へ
(リモコンもコード付きからなしへの過程も)移り変わることを経験したり、
ビデオテープもそうですし、後にLDからDVDになりネット配信へと変わっていき、
音楽に限ってはレコードからCDになり、でもMDへ進化という建前の、
一度降格を経て今のネット配信へ再昇格を成し遂げるのです。
電話もダイヤル式の黒電話からプッシュホン、外では電話ボックスから
携帯電話に移り変わり等もそうです。
余談ですが、好きな娘の家に電話してお父さんが出たら間違い電話を装うのも
その当時を経た人ならば、誰もが経験あった出来事と思います。
ガラケー称される携帯も、のちに搭載されるiモードというネット配信、
さらにeメールの前のショートメールの前の、通話しか出来ないそれが
僕の携帯電話の始まりです。携帯電話もそうですがワンクッションその前の、
通称ポケベルことポケットベルも。


ポケットベルは番号を暗号にしてメッセージを送る前の世代です。
高校生(といいつつも20歳)でしたが、持っていました。
ポケベルを題材にした流行るドラマの放送前です。
サラリーマンみたいな高校生でした。
全日制高校在学中、21歳でしたから。


事件もそうです。
今ではない、色色な事件がありました。
それについての僕の心の視界などはそのうちに。
語尾に「ん」がついてしまうのでしりとり日記ではない時になるでしょうか。


幾つかそんな話をしました。
何故、彼がそんなことを訊いたのが気になりましたがそれは多分、
僕が昔からそんな質問をしてばかりいるからなのかなと考えます。


話は人身事故の話になりました。
僕の地元だった、そしてよく通ったあの踏切がやはり京成線で
今も人身事故が多いのだそうです。


明かりもなく人通りもないあの場所は夜、通るのも怖い程です。
もう長いこと通っていないから今の自分が通ったらどう感じるのだろうかと
思うので、そのうち足を運んでみたいと思います。


僕が子供の頃からその場所は地元では著名です。
中学生の頃はその道を通ってジムへ行き来していました。
人身事故の場合、運転士が列車を動かさなくてはならない為、
最後尾の車掌、つまり会員の彼と消防士がその後片付けをするそうです。
消防士が来るまでは車掌の彼が、なので、とんでもない形の遺体を
処理するのだそうです。
吃驚するような聞いたこともない表現の遺体を耳にします。

話を聞いていて、僕がいつも痛々しく思うのはその身体はもうどうにも
ならないのにまだ意識がある時があるのだそうで、その場合、
「何か云おうとしているのは分かるのですが、」臓器破裂や切断されて、
ちゃんとした呼吸も出来ていない状態なので聞き取れないのだそうです。


身体はもう原形を留めていないのに、意識と呼吸があって担架に乗せて
運ばれていくのを見送ることもあるそうなのですが、その時の気持ちを
考えると痛痛しいを通り越して激激しい気持ちになります。


実話系の映画の話にもなりました。
以前、実話系の作品が好きだという彼にまたお勧めしました。
映画の話なのでその話は映画な話のマガジンに更新します。
また新しいそれを伝えます。

そして、話は電車の話に戻ります。

少し前、その昔よく通っていたよく人身事故のある踏切でのその日の夜、
真っ暗なそこで人身事故があったそうです。
夜間真っ暗なのですが、今では電車側にブルーライトを搭載している為、
多少の近辺の確認が出来るそうです。
でも、見通しがよい程の明かるさではありません。
運転士が気づくと、


「止まったのですが、間に合わなくて。」


撥ねてしまったそうです。


鳥肌が立つほど聞いていて恐くなったのは、


公開範囲だけここに。
続きはnoteで。